説教

2017年12月24日

キリスト誕生の由来
大坪章美 牧師


ルカによる福音書 2 章 1 ~ 17 節



ミカという預言者が生きた時代は、イエス様がお生まれになった、さらに700年以上も前のことでした。ミカは、“今”という言葉で始まる、三つの預言を残しました。そして三つ目、最後の“今”はミカ書、4:14節に記されています。「今、身を裂いて悲しめ、戦うべき娘、シオンよ。敵は我々を包囲した」と預言されています。この、最後の“今”は、紀元前587年、ユダ王国の最後の王となったゼデキヤ王が、バビロニア帝国のネブカドネツァル王の軍隊に包囲される時を、預言したものかも知れません。「彼らは、イスラエルを治める者の頬を杖で打つ」と預言されています。「イスラエルを治める者」とは、ゼデキヤ王のことでしょう。「その頬を杖で打つ」という言葉は、ネブカドネツァル王によって、ゼデキヤ王が、エルサレムから連行され、途中で、殺されてしまうことの、預言です。

これで、「ダビデの家から救い主が生まれる」という、預言者ナタンがサムエル記下の7:12節で、ダビデに語った預言は、ゼデキヤが死んで、もう実現しなくなったのでしょうか。・・実は、そうではありませんでした。ダビデ王の血筋は、途絶えていなかったのです。

預言者ミカは、5:1節で言っています、「「しかし、エフラタのベツレヘムよ、お前はユダの氏族の中で、いと小さき者。お前の中から、わたしのために、イスラエルを治める者が出る」と、預言しました。

この、ミカの預言から、七百年余りも後の、紀元前4年頃の、場所はガリラヤの町ナザレです。ナザレの町には、大工ヨセフと、妻のマリアが住んでいました。「その頃、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録せよ、との“勅令”が出た」と書かれています。

ユダヤの人々は、みんなが、古くからの部族の家に属していましたから、誰もが、その部族の町に帰らなければならなかったのです。4節には、「ヨセフも、ダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町、ナザレからユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った」と記されています。そして6節以下には、「ところが、彼らがベツレヘムに居るうちに、マリアは、月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。」と、記されています。生まれたばかりの赤ちゃんは、飼い葉桶に寝かされたのでした。

この、神の御子イエス様のお誕生は、このまま何事もなければ、誰の記憶にも残る事なく、誰も思い出すこともなかったかも知れません。然し、これだけでは、終わらなかったのです。何故ならば、この出来事の背景には、主なる神様が、罪深い人間の積もり積もった罪を清算する、という壮大な目的があったからです。

8節には、「その地方で、羊飼い達が、野宿しながら、夜通し、羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた」と記されています。神様は、この羊飼い達を、誰よりも早く祝福されました。主の天使が、羊飼い達に近づいて、その栄光が周りを照らしました。彼らは、何が起きたのかと畏れましたが、天使は言いました、「今日、ダビデの町で、あなた方の為に、救い主がお生まれになった。この方こそメシアである。あなた方は、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これが、あなた方へのしるしである」と、伝えたのです。「この方こそメシアである」と告げています。この方こそ、イスラエルの民が、長年に亘って待ち望んだ、救い主キリストでした。

こうして、天の軍勢が離れて、天に去った時に、羊飼い達は、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせて下さった、その出来事を見ようではないか」と話し合って、ベツレヘムへ行って、マリアとヨセフ、それに、飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てたのです。

こうして、イエス様は、地上にお生まれになりました。それは、700年以上も前に、預言者ミカが預言した通りにお生まれになったのです。ガリラヤのナザレで暮らしていたマリアとヨセフは、皇帝アウグストゥスが出した、住民登録の勅令に従って、ベツレヘムへ旅をして、イエス様がお生まれになりました。神様が預言されたとおりに、歴史は造られていくのです。




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