説教

2017年5月7日

喜びで満たされる
大坪章美牧師


ヨハネによる福音書 3章22-30節




紀元前587年、ユダの都エルサレムは、バビロニアの王ネブカドネツァルの軍隊によって包囲されていました。ユダの王ゼデキヤに、エレミヤは臆する事なく神の言葉を語りました。それがエレミヤ書32:3です、「主はこう言われる。見よ、わたしは、この都をバビロンの王の手に渡す」と預言したのです。この神の裁きによって、エルサレムの都は、住民の家屋も宮殿も、神殿も、破壊し尽くされるのです。然し主なる神様は、これに先立って救いの預言も為されています。

33:6節で、神様は話されました、「しかし、見よ。わたしはこの都に、いやしと治癒と、回復とをもたらし、彼らをいやして、まことの平和を豊かに示す」と記されています。ここに、神様の御心が表されています。主なる神様は、ユダとイスラエルのどちらかではなく、全イスラエルの救いを宣言しておられます。「わたしが、このエルサレムに与える大いなる恵みについて、世界のすべての国々がそれを聞く時、この都は、わたしに、喜ばしい名声、賛美の歌、輝きをもたらすものとなるであろう」と、言われました。

廃墟となった、と言われる、まさにその場所に、「再び、声が聞こえる」と、主なる神様は言われます。花婿と、花嫁が、「万軍の主に感謝せよ。主は慈しみ深く、その恵みはとこしえまで」と、喜び歌う声が聞こえるようになる、と、言われました。
エレミヤの預言のように、新約の時代になってからも、洗礼者ヨハネは、花婿の声を待ちわびていました。イエス様がエルサレムへ上られて、過ぎ越しの祭りの間エルサレムで過ごされた後の事です。ヨハネ福音書の3:22節には、「その後、イエスは、弟子たちと、ユダヤ地方に行って、そこに一緒に滞在し、洗礼を授けておられた」と、記されています。この、イエス様が行かれた、「ユダヤの地方」というのは、“死海”の北の端、ヨルダン川が死海に流れ込む、その東側にありました、“ベタニア”でした。

一方、同じ頃、洗礼者ヨハネも、自分の弟子達と共に、洗礼運動を行っていました。その場所は、23節には、「サリムの近くのアイノン」と、記されています。このように、この時、ヨルダン川を中に挟んで、西側に、洗礼者ヨハネ教団の洗礼運動が行われていて、東側には、イエス様と弟子達の洗礼運動が展開されている、という状況にありました。そして、ユダヤ人の間で、この二つの洗礼運動のうち、どちらが優れているものなのか、本当に、救いに与れるのは、どちらの洗礼運動なのか、という議論が交わされていたのでした。

然し、彼らの師である洗礼者ヨハネの答えは、弟子達を驚かせました。ヨハネは、27節で、「天から与えられなければ、人は何も受ける事が出来ない。私は、『自分は、メシアではない』と言い、『自分は、あの方の前に遣わされた者だ』と言ったが、その事については、あなた達自身が証ししてくれる」と答えたのです。

洗礼者ヨハネも、自分自身が、神から遣わされた人間である事を知っていて、「神の命令への服従」を守ったのです。洗礼者ヨハネの任務は、「キリストの先駆者」として、イエス様の活動の、“道備え”をする事でした。

そして、“自分の使命を終えた”ヨハネには、溢れるような喜びが、心を満たしたのでした。ヨハネは、結婚式になぞらえて、この喜びを語っています。29節です、「花嫁を迎えるのは、花婿だ。花婿の介添え人は、そばに立って耳を傾け、花婿の声が聞こえると、大いに喜ぶ」と、語りました。ヨハネは、自らの役割を、結婚式における、花婿の介添え人の立場に置いて、喜びで満たされているのです。

ヨルダン川の東側では、イエス様の洗礼に与る為に、多くの人々が集まって来ました。これらの人々は、花嫁に譬えられます。これらの花嫁を迎える立場の花婿として、イエス様も喜んでおられます。ここに、エレミヤが預言した言葉、「やがて、喜び祝う声、花婿と花嫁の声、感謝の供え物を主の神殿に携えて来る者が、『万軍の主をほめ讃えよ。主は恵み深く、その慈しみは、とこしえに』と、歌う声が聞こえるようになる」との預言の実現を見るのです。




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