説教

2016年12月25日

飼い葉桶の救い主
大坪章美牧師


ルカによる福音書 2章1-7節








今から二千年以上も前の事、人間が地球上に造られてから、初めての、唯一回限りの大事件が起きたのです。そして、その大事件が起きる七百年以上も前のユダの国にミカという預言者が居ました。そのミカが語った預言の一部が、「エフラタのベツレヘムよ。お前は、ユダの氏族の中で、いと小さき者。お前の中から、わたしのイスラエルを治める者が出る」という言葉です。

なぜ、預言者ミカは、わざわざ、「エフラタのベツレヘム」と言って、説明を加えたのでしょうか。ひとつの答えは、実際、その当時から、「ベツレヘム」という町は、二つあったからです。もうひとつのベツレヘムが、ガリラヤにあったのです。「ガリラヤのベツレヘム」と呼ばれていました。ですから、預言者ミカが、ただ単に、「ベツレヘムよ」と言ったのでは、救い主が生まれるのは、「ガリラヤのベツレヘム」のことか、「エフラタのベツレヘム」のことなのか、分からないので、「エフラタのベツレヘム」と、説明を加えたのでした。

そして、もう一つの理由は、イスラエルの伝承では、メシアは、ダビデの子でなければならない、という考えがありましたが、預言者ミカも、「エフラタ人の町、即ち、ダビデの町、ベツレヘム」と呼びかけたのです。

そして、「人類始まって以来の大事件が起きた」という話に戻ります。ルカによる福音書の2:1節には、「その頃、皇帝アウグストゥスから、全領土の住民に、登録をせよ、との勅令が出た」と書かれていました。ローマ皇帝のアウグストゥスが、ローマが支配するすべての土地の住民に、「登録しなさい」という命令を出したのでした。その頃、ガリラヤのナザレに住んでいたヨセフとマリアも、夫ヨセフの本籍地に帰って、町の役場へ行って、登録しなければなりませんでした。ヨセフは、ダビデ王の血筋でしたので、ダビデの町まで、旅をしなければならないことになったのです。

然し、ナザレからベツレヘムまでは、140?程も離れているのです。その上、ナザレから、ユダヤのベツレヘムまでは、土地の高さの差、これを標高差といいますが、標高差が、六百メートルほどもあります。そのうえ、「身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に、登録するためである」と、書かれています。

つらく、苦しい登りの道を登り切って、ユダヤのベツレヘムへ着いてから、ヨセフとマリアは、疲れた体を癒すために、宿屋を探しました。マリアは、お腹が大きくなって、いつ赤ちゃんが生まれるか、分かりませんでした。それで、ヨセフとマリアは、安心してお産が出来る場所を探して、馬小屋として使われていた洞窟に泊まったのです。そして、そこで赤ちゃんを産んだマリアとヨセフは、赤ちゃんを揺りかごに寝かせたかったのでしょうが、そのような物はありません。そこにあった、馬の餌を入れる、馬草桶、ここに、布でくるんだ赤ちゃんを寝かせたのでした。

この赤ちゃんこそ、救い主、イエス様でした。ここに、大事なことが二つ示されています。ひとつは、預言者ミカの“預言”を思い出して下さい。ミカは、「エフラタのベツレヘムよ、お前の中からわたしの為にイスラエルを治める者が出る」と預言しました。イエス様は、神様のお言葉どおり、エフラタのベツレヘムで、神の子、救い主として、お生まれになったのです。

ふたつめは、これが大切なことですが、イエス様は、馬が寝起きする馬小屋でお生まれになりました。お生まれになってからは、布にくるまれて、馬草桶に寝かされました。馬小屋は、暗く寂しい場所です。神様は、このような場所を選んで、イエス様を生ませられました。なぜでしょうか?それは、これから、皆さんが、生きて行くうえで、悲しいことや、難しいこと、悔しいことに、何度もぶつかります。そのような時には、静かな場所で、イエス様に呼びかけて下さい、「イエス様、僕の悲しいことを聞いて、助けて下さい」、「イエス様、わたしの悔しいことを聞いて、助けて下さい」と、祈ってください。イエス様は必ず、助けて下さいます。何故なら、イエス様も、お生まれになった時、みんなより悲しく、悔しい経験をされて、みんなの気持ちを、よく分かっておられるからです。





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