説教

2016年6月19日

神の中に生き、存在する
大坪章美


使徒言行録17章22-29節





「申命記」の“申”という漢字には、「再び」という意味がありますが、それは、「律法の写し」という意味での「再び」です。モーセが導き出して、エジプトを脱出したイスラエルの民は、40年が過ぎ去った今、脱出を共にした時に20歳くらいに達していた同胞は、殆どが、荒れ野の旅で死んでいきました。モーセは、脱出の後に生まれた目の前の民のために、シナイ山で授けられた律法を語り直し、神の恵み深い御業を伝えるための説教をしなければなりませんでした。

モーセは、イスラエルの新しい世代の会衆に向かって呼びかけました。「イスラエルよ、今わたしが教える掟と法を、忠実に行いなさい。そうすればあなた達は、命を得、あなた達の先祖の神、主が与えられる土地に入って、それを得る事ができるであろう」と語りました。そして、「ヤハウェは、天と地において、ただ一人の神である」という結論に導くのです。このような力を持つものは、主なる神ヤハウェのほかにありません。4:39でモーセは語ります、「あなたは今日、上の天においても、下の地においても、主こそ神であり、他に神のいないことをわきまえ、心に留め、今日わたしが命じる主の掟と戒めを守りなさい」と述べています。  

そして、これによって、イスラエルの民は、「自分達は、神の民とされている」ということに気付きました。イスラエルの神、真の神ヤハウェは、積極的な贖いの神です。民に求められている事は、「唯一、真の神、ヤハウェを信じ、主の掟と戒めを守ること」に尽きるのです。そうすれば、「イスラエルの民は、主が与えられる地で長く生きることが出来、永遠に神の祝福を楽しむことが出来るであろう」、と約束されているのです。

モーセが、多神教の世界で、唯一真の神は「イスラエルの神、ヤハウェの他には無い」ことを強調しましたように、又、使徒パウロも、多神教の世界で、戦いました。それは、第二回伝道旅行の途上での事でした。
パウロが到着したアテネは、人口8万人程の町でした。当時のアテネ市内には、3千にも及ぶ神殿或いは神の像があったと推定されています。彼の目からは、罪に満ちた町と、見えたに違いありません。早速、広場で、居合わせた人々と討論しました。「イエス・キリストと、復活について」の福音を告げ知らせたのです。

パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言いました。アテネの人々に説教を語ったのです。「道を歩きながら、あなたがたが拝む、いろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです」と話しました。アテネの人々は、ギリシャ神話に出て来る、数多くの神々を祭っても、平安を感じることができませんでした。ひょっとしたら、「自分たちが未だ知らない、本当の神がいるかも知れない」という不安がありました。そう思って、「知られざる神に」という祭壇を築いていたのです。

パウロはアテネの人々に、「この知られざる神が、どういうお方であるかを知らせよう」と、呼びかけました。神様は、全ての民族を造られ、地の表に住まわせられましたが、それは全て、「人に神を求めさせる為であり、又、彼らが探し求めさえすれば、神を見出す事ができるように、という事なのです」と言っています。
パウロは、「実際、神は、わたしたち一人ひとりから遠く離れてはおられません」と言っています。それどころか、アテネの詩人が歌った歌を、引用しています。「我らは神の中に生き、動き、存在する。」「われらもその子孫である」と記しています。

茲で、私達は、かつてモーセが、告別説教で述べた、「あなたは今日、上の天においても、下の地においても、主こそ神であり、ほかに神のいない事を弁えなさい」という言葉によって、「わたしたちは神の民とされている」ことに気付いた事を思い起こします。アテネの詩人が歌った、「我らは神の中に生き、動き、存在する」という歌は、ヨハネ福音書17:21節に記されたイエス様のお言葉、「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、全ての人を一つにしてください。彼らもわたしの内にいるようにして下さい」という祈りにより、裏付けられています。







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