説教

2014年12月28日

神が完全にしてくださる
大坪章美


ヘブライ人への手紙 13 章 17-21 節




この手紙の読者は、「へブライ人への手紙」という言葉からは、「ユダヤ人キリスト者」ということしか分かりません。然し、手紙の内容から、著者は読者達と個人的な関係があり、彼らの様子を良く知っていることが分かります。読者は、教会全体というよりは、その中の、“或るグループ”の人達のようです。このような、小さなユダヤ人キリスト者の群れが、信仰に倦み疲れ、希望を失って、背教、即ち、信仰を捨てかねない危機的状態にあることに対して、著者は、或る時は警告したり、戒めたり、或いはキリスト教の絶対性を教え、諭そうとしているのです。

著者は、この読者であるユダヤ人キリスト者のグループへ、現在の指導者たちに対する取るべき態度を勧告しています。17節です。「指導者達の言うことを聞き入れ、服従しなさい。この人達は、神に申し述べる者として、あなたがたの魂のために心を配っています」と記しています。著者は、2つのことを勧めています。即ち、「指導者たちの言うことを、聞き入れなさい」ということと、また、「服従しなさい」と言うことです。そして、その理由を、「これらの指導者たちは、あなたがたの魂の為に、心を配っています」と、述べています。指導者達の日夜に亘る労苦は、「託された者たちの魂が救われる」という、ただ一つの為だからです。この、「あなたがたの魂のために、心を配っている」つまり、「魂の看取り」ということは、極めて重い責任の許にあります。何故ならば、神の前で審判の席に着く時に、神が、弁明を要求されるからです。指導者は、主に従う者たちの魂が救われ、救いの道を、終りの日まで歩み通すことを目標とします。その目標が達成できない時、神はその指導者に、弁明を要求されるのです。

著者は、「指導者達を嘆かせず、喜んでそうするようにさせなさい。そうでないと、あなた方に益となりません」と記しています。キリスト者は、自分自身の意見や興味を頑なに守ろうとする時、それによって満足を手に入れる事になるかも知れません。然しそれによって、指導者の仕事を困難に陥らせるならば、全ての利益は吹き飛ぶであろうと、著者は言っています。著者は、18節で、「私達の為に祈って下さい」と願っています。著者自身も、集会の為の説教と牧会に力を尽している指導者の一人である、と自覚しているのです。

そして、著者の思いは、「自分自身も、指導者の一人」という立場から、「私達の為に、祈って下さい」という願いになっていますが、彼の心の中では、「私の為に、祈って欲しい」という願いである事が見えてくるのです。それは、19節の彼の言葉が、「私が、あなた方の所へ早く帰れるように祈って下さい」と、単数形に変わっていることから明らかです。何らかの状況が、著者と読者達との再会を妨げていることが想像できます。

著者の願いは、手紙の読者たちが神の御心を行うことによって、全ての良きものが彼らに与えられる、ということです。そのために、著者は、彼らのための祝祷を行います。「永遠の契約の血による羊の大牧者、わたしたちの主イエスを、死者の中から引き上げられた平和の神が、御心に適うことをイエス・キリストによってわたし達にして下さり、全ての良いものをあなた方に備えて下さるように」と、祈っています。
天の聖所に入るには、この主イエスの、一回限りのいけにえの血が無くてはならなかったのです。そして、天の聖所に入られた主イエスは、今や、そこで、大祭司として、贖いの職を果たしておられるのです。

この祈りの中で、「すべての良いものを、あなたがたに備えて下さるように」という祈りは、一方では、「すべての良いもので、あなたがたを完全な者として下さいますように」とも、翻訳できます。神様のみが、如何なる信仰者についても、そのすべての可能性を、引き出すことがお出来になるのです。それは、「イエス・キリストによってのみ」達成されるのです。

私達は、「主イエスを、死者の中から引き上げられた平和の神が、御心を行う為に、全ての良いものによって、わたし達を完全なものにして下さるように」という祈りに支えられて、今週も歩むことが出来るのです。



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