説教

2014年10月19日

わが愛する子、これに聞け
大坪章美


マルコによる福音書 9 章 2-8 節




今日お読み頂きました聖書の最初の言葉は、「六日の後」と書かれています。「六日の後」と言われますと、「六日前に一体何があったのだろう」と気になります。
弟子たちが初めて、「イエス様は救い主」と、人類で最初の信仰告白をした、記念すべき日が、六日前の出来事でした。そして、この日は、この、ペトロの信仰告白だけでは終わりませんでした。イエス様は、「人の子は、必ず、多くの苦しみを受けて、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に、復活することになっている」と弟子たちに仰ったのです。

その時から六日経った今日、イエス様は、「自分の十字架を背負って、イエス様にお従いする」、つまり、「神様の思いをまず一番に背負って生きること」が、難しい生き方のように思われても、本当は、最も神様に愛され、導かれる、素晴らしい生き方であることを、弟子たちに示そうとされるのです。

「六日の後、イエス様は、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた」と書かれています。イエス様は、大切な用事の時には、決まってこの3人を連れて行かれたのです。すると、イエス様のお姿が、3人の前で変わって、服は真っ白に輝き、どんな真っ白な服よりも白くなったのです。この時、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの3人の弟子たちは、イエス様が六日前に仰ったことを思い出しました。「人の子は、必ず多くの苦しみを受けて、ユダヤ教の指導者たちから迫害され、殺され、三日の後に復活することになっている」と言われたのでした。その時から、弟子たちみんなの間には、不安と動揺が広がっていました。

しかし、今、イエス様の御姿が、神様のご栄光によって、白く明るく輝き出すのを見た時、3人の弟子達の、暗く、重苦しい心は、いっぺんに軽くなりました。弟子たちは、改めて、イエス様が仰った言葉を思い出したのです。「人の子は、三日の後に復活することになっている」。イエス様は、確かに、このように仰った。
「殺されて、終わってしまうのではない。復活されるのだ」と、心の中で叫びました。弟子達は、今、目の前で、誰も見た事も無いような、純白の白さに輝くイエス様のお姿を目にして、初めて、気が付いたのです。

そして、三人の弟子たちが、なおも見ていますと、真っ白に輝く衣をまとったイエス様の前に、エリヤとモーセが現れて、イエス様と語り合っていた、と言うのです。一体、何を話していたのでしょうか。
モーセは、紀元前1250年頃、神様の導きによって、成年男子だけで60万人、女性、子どもを含めると二百万人とも言われる人々をエジプトから脱出させ、約束の地、カナンの手前まで導き入れたのでした。

そして、イエス様は、この半年くらいの後に、ゴルゴタの丘で十字架に着かれ、人間のすべての罪を御自分の身に引き受けられて、死なれるのです。イスラエルの民が、エジプトの過酷な迫害から脱出し、逃れたように、全ての人間が、罪の軛から解放されるのです。そのような事を語り合っておられたのかも知れません。

こうして、イエス様、モーセ、エリヤが話している所に、いつも早とちりをするペトロが、この時も口を挟みました。イエス様に向かって、「先生、私達が茲に居るのは素晴らしい事です。仮小屋を三つ建てましょう。」と言ったのです。すると、ペトロの言葉に応えるかのように、神様の声が聞こえてきました、7節にあります、「すると、雲が現れて、彼らを覆い、雲の中から声がした、『これは、わたしの愛する子、これに聞け』」という声でした。つまり、「イエス様の言葉に従いなさい」と、命令されているのです。これは、本当に大切な、“聞くこと”つまり、「御言葉と福音」に立ち帰りなさい、と神様が命令されたのでした。弟子達は急いで周りを見回したのですが、もうエリヤもモーセの姿も見えず、イエス様と弟子たちだけが佇んでいました。

何事も無かったかのような静寂の中に居ましたが、弟子達3人の耳には、神様の声がしっかりと残っていました。「これは、わたしの愛する子、これに聞け」という声でした。今週も、御言葉に聞きつつ、約束された道を歩むことが出来る幸いを感謝したいと思います。




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