説教

2014年4月27日

主の晩餐
大坪章美


コリントの信徒への手紙一 11章 23-26節



時は紀元55年頃、パウロもはや、50歳代の半ばに達しておりました。先の第二次伝道旅行でコリントの教会を建ててからも、4〜5年が経っていました。ところが、このパウロがコリントの共同体を不在にしていた間に、コリントの信徒たちの間には、新しい問題や、深刻な誤解が生じていたのです。
11:23節は、コリントの教会が抱える幾つかの問題の中の、「主の晩餐に関する問題」の個所です。パウロはクロエの家の者から、「キリストの教会の主の晩餐には分裂がある」という報告を聞いていたのでした。

パウロが言っている、「分裂」とは、具体的には、何を意味しているのでしょうか。パウロは指摘します、「何故なら、食事の時、各自が勝手に自分の分を食べてしまい、空腹の者が居るかと思えば、酔っている者もいるという始末だからです」と嘆いています。折角、厳粛な聖餐式に集まりながら、その集いが、聖餐式に与るという本来の意義とかけ離れて、主の晩餐どころか、悪魔の饗宴のような惨状が暴露されているのです。

当時の聖餐式は、夕食の後に引き続いて執行されていました。それは何故かと申しますと、最初の主の晩餐自体が、十字架に着かれる日の前の夕食の際に制定されたことに因んでのことであります。

当時の主の晩餐は、集会の中で、本当に食事を共にすることであって、会員は、その場所へ、自分で食べる物を持参して、まずは、聖餐式の前に、自分の晩餐を食したのです。然し、コリントの教会では、持参した食事を、一緒に分かち合うどころか、めいめいが我先にと自分の食事を済ませるものですから、みんなが満腹して楽しむどころか、「空腹な者もいれば、一方では酔っている者もいる」という始末でした。主にある一致を互いに覚え合う聖餐式の前の愛餐としては、全く不適当でした。隣人愛どころか、かえって不和が生じ、憎悪が生まれる温床となったのです。

このように、教会の晩餐の乱れによって、主の晩餐、即ち聖餐式が台無しにされていることを知らされて、パウロは、それを正すために、自分が主から受けた言い伝えを持ち出すのです。それは、コリントの人々に、その行為の意味と責任とを示して、彼らを、主自らがこの聖餐式に与え給うた秩序に繋ぎとめるためでした。

「主イエスは、引き渡される夜、パンを取り」と述べています。この言葉を一般に、「主イエスは、12弟子のひとりの、ユダの裏切りによって、祭司長や長老たちユダヤ教の権力者たちの手に引き渡される夜」と解釈されることが多いのですが、実は、そうではありません。パウロは、「主イエスは、神が、私たち人間の罪を贖うために、ご自分を死に引き渡される夜、」と告げているのです。そして続いて食事の後のイエス様のお言葉、「この杯は、わたしの血によって立てられた新しい契約である。飲む度に、わたしの記念として、このように行いなさい」と、言われたことを記しています。パウロがこの言葉を、「イエス様の死を思い起こさせるために行われる」と考えていたことは明らかです。

そして、このように考えた場合、主の晩餐は、過越しの出来事と結び付けて読む読み方と一致してきます。出エジプト記12:14節には、「この日は、あなたたちにとって、記念すべき日となる。あなたたちはこの日を、主の祭として祝い、代々に亘って守るべき不変の定めとして、祝わねばならない」と記されています。過越しは、イスラエルの民にとって、「記念すべき日」となったのです。この過越しの祭の度に、イスラエルの民は、神がご自分の民を束縛から解放して下さったことを、思い起こすのです。同様に、主の晩餐は、神が、神の民を、キリスト・イエスを通して、全ての罪から解放されたことを思い起こす機会になるのです。

主の晩餐が意味するのは、教会が主の十字架と神の国との間で、イエス様の死を記憶することなのです。「だから」と、パウロは言っています。「あなたがたはこのパンを食べ、この杯を飲むごとに、主が来られる時まで主の死を告げ知らせるのです」。ここには、主の晩餐が、やがて来る、キリスト・イエスの再臨、再臨の主を待ち望む、祝の場であることを宣言しています。




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