説教

2012年12月30日

闇の力から御子の支配へ
大坪章美


コロサイの信徒への手紙 1章 9-14節



コロサイの信徒への手紙は、紀元62年頃、パウロがローマで獄に繋がれていた時に書かれたもの、いわゆる獄中書簡のひとつと言われています。パウロは、コロサイの教会の信徒たちが持っている信仰と愛について聞いた時から、絶えず、コロサイの信徒たちのために、執り成しの祈りをしていると語っているのです。

パウロは12節で、主なる神様に感謝するようにと、呼びかけています。この感謝は、私たちが被造物として生きることを許され、この世の生活に必要なすべての祝福を与えられていることに対する一般的な感謝というよりは、むしろ、イエス様の贖いの血潮において示された、神の“計り知ることも出来ない愛”に対する特別な感謝なのです。

そしてパウロは、パウロ自身が、またコロサイの信徒たちが、そして現代、21世紀に生きる私たちの救いが、単に、未来における希望に過ぎないのではなく、現在、今、ここで、私たちが受けている祝福でもあることを語ります。13節です、「御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移して下さいました」と述べています。父なる神様が、私たちを新しくして下さり、闇の力が及ぶ世界から救い出して、御子イエス・キリストの支配される世界に移して下さったと、語っています。

闇の力が支配する世界は、人間の生を脅かす超人的で、邪悪な力で満ちている領域を表しています。そして、パウロは、この邪悪な力を、悪魔とその子らと同様のものと見做しています。当時の世界に生きた人々は、このような表現で理解できたのでしょう。しかし、現代に生きる私たちが、この言葉で理解することは困難です。それでも、ただ、闇の力が支配する領域があることは分かるのです。それは、経済的合理性の基準だけが物を言う世界、冷酷な科学的法則にのみ委ねられる世界、人間性や人権が認められない領域です。

パウロは、このような闇の力によって人々が汚され、罪の鎖に縛りつけられ、自由を失っている姿を憂慮していたのです。しかし、コロサイの信徒への手紙1:13節でパウロが記していますとおり、御父はわたしたちを闇の中から救い出して、その愛する御子の支配下に移して下さいました。パウロは、「その愛する御子の支配下に移して下さいました」と、過去形で語っています。

キリスト者が、闇の力が及ぶ、闇の世界に住んでいたのは、もう過去のことになってしまったのです。心で、主イエス・キリストの死と復活を信じ、口で告白した、あの洗礼式の時を境にして、主なる神様は、私たちを愛する御子のご支配のもとに移して下さったのです。しかも、この、「御子のご支配のもとに移して下さった」という言葉は、ただ、人間が移動したという意味ではありません。その言葉の意味は、戦いに勝利した王が、凱旋する際に、征服した民を引き連れる時に用いられる言葉なのです。そして、御子イエス・キリストが支配されるところは教会です。教会の頭は、目には見えませんがイエス・キリストです。イエス・キリストが頭として、罪の贖いの恵みによって、民を統治されるところなのです。

パウロは、この、神の計り知れない恵みを、次の言葉で締め括っています、14節です、「わたしたちは、この御子によって、贖い、即ち罪の赦しを得ているのです」と記しています。御子イエス・キリストの十字架上の死が、私たち人間の罪の赦しの贖いであったのです。人間の積りに積もった罪は、人間がどれほどの代償を払っても、贖えるものではありませんでした。ただ、真の人間であり、同時に真の神であられたイエス・キリストのみが、贖い主となることが出来たのです。そして、その時から、私たちの自由を奪っていた罪の縄目が、主なる神様によって、断ち切られたのでした。もはや、私たちを、罪の世界に引き戻す力は、潰えてしまいました。御子イエス・キリストにあって、私たちは、何ものをも恐れることは無くなったのです。





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