説教

2012年12月9日

主イエスの再臨の時
大坪章美


ルカによる福音書 21章 20-28節



今日、ルカによる福音書21:20節からお読み頂いた個所は、イエス様の説教の個所です。それは、エルサレムの運命に関する説教でした。イエス様は、「エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、その滅亡が迫っていることを悟りなさい」と仰って、エルサレムの滅亡を予告されました。それは、紀元66年に始まり74年に終わった、ユダヤ人とローマ帝国との間の戦争のことでした。イエス様は、予告の中で、「その時、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。都の中にいる人々は、そこから立ち退きなさい」と、話されましたが、事実として、この紀元70年のローマ軍の攻撃によるエルサレム陥落の前に、この地を捨てて、エルサレムに住んでいたキリスト者たちは、ヨルダン川の東側ペレア地方にありますペラというギリシャ人の町に移住していたのでした。

しかし、私たち、現代の21世紀の世に生きる人間として、ひとつの疑問にぶつかります。この、エルサレム滅亡の予告は、紀元30年の弟子たちに対しては、正に必要な予告でありましたことでしょう。しかし、ルカが、この福音書を執筆した紀元80年頃には、ユダヤ戦争は終結しており、ユダヤ人のエルサレムは滅びてしまっていました。紀元70年の、エルサレム滅亡の後の読者たち、そして私達、現代に生きる人間にとっても、ルカは、何の目的で、エルサレム滅亡の予告を、ここに記したのであろうかという疑問なのです。

ルカは、明らかに、明確な意図を持っていました。イエス様が語られたエルサレム滅亡の預言は、世の終わりの時への、警告の意味があったのです。そのために、イエス様は、エルサレムの滅亡と世の終わり、つまりイエス様の再臨の予告を、続けて語られたのでした。25節です、「それから、太陽と月と星に、徴が現れる。地上では海がどよめき荒れ狂うので、諸国の民は為す術をしらず、不安に陥る」と預言されています。

これから語られることは、終末、つまり、世の終わりのことです。27節で、「その時、人の子が大いなる力と栄光を帯びて、雲に乗ってくるのを人々は見る」と、イエス様は預言されました。天体が激しく震え動き、人々が恐怖のあまり気を失うような状態の中で、イエス様が大きな力と栄光をもって、雲に乗って来るのを見る、と言うのです。つまり、再臨の時です。そして28節、「このようなことが起こり始めたら、身を起して、頭を上げなさい。解放の時が近いからだ」と仰いました。イエス様の再臨の時に起きることを、パウロも、テサロニケの信徒への手紙一の4:15節で、「主が再び来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは決してありません。」と記しています。「まず、キリストに結ばれて死んだ人たちが最初に復活し、それから、わたしたち生き残っている者が、空中で、主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます」と記しているのです。イエス様が仰った、「あなた方の解放の時が近いからだ」とのお言葉は、“終末の時”は、私たちキリスト者の救いの完成のための時であると言うことを意味しています。再臨のイエス様と出会う時には、「死からの解放」も行われるのです。イエス様は、「終末の徴が現れて、わたしが大きな力と栄光をもって、天の雲に乗って来るのを見たら、身を起して頭を上げなさい」と、命じられています。「終末の時」は、神に背き続ける此の世にとっては、裁きの時です。この世の者たちは、これからの歴史がどのように展開するかを、知りません。しかし、私たちキリスト者は、終末が来て、主の再臨が起きる時、どのようになるかを教えられているのです。キリスト者にとっての終末とは、救いが完成する時です。救いが完成し、御国が実現する時です。キリスト者は、救いの完成と同時に復活の体を得て、イエス・キリストとの永遠の交わりに入るのです。世の終わりの時の徴をしっかり覚えましょう。世の終わりの時は、隕石の衝突ではありません、火山の爆発でもありません。イエス様の再臨の時が必ず来るのです。今週も希望を持って、身を起こし、頭を上げて堂々と此の世の歩みを続けたいと思います。



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