説教

2012年7月1日

主の定めた生き方
大坪章美


コリントの信徒への手紙一 7章17-24節



第二イザヤが預言者活動を行ったのは、ペルシャのキュロス大王によるバビロン捕囚の民の解放の少し前から、解放の直後までの時代です。今日お読み頂いた47章は、まさにバビロニア帝国の首都バビロンが、東から新しく台頭してきた新興国、ペルシャによって滅ぼされることを預言した詩なのであります。

何故、主なる神ヤハウェは、一旦はイスラエルの背信を裁くために用いられたバビロニアを、今になって、“報復する”などと、仰るのでしょうか。その答えは、5節から7節にかけて記されています。かつて、主なる神ヤハウェは、イスラエルの民に対して怒りの感情を持たれ、イスラエルの民を裁くために、バビロンに渡されたのですが、バビロニア帝国は、その限度を越えて、イスラエルの民を虐げてきたからだ、と仰るのです。そして、神様は、審きの言葉を語られます。「わたしはやもめになることなく、子を失うこともない、と心に言う者よ。その二つのことが一日のうちに、瞬く間にお前に起こる」と予告されるのです。神様の介入の結果は、子をうしなうことと、やもめになることでした。そしてこのことは、「どれほど呪文を唱え、どれほど強いまじないをしても無駄だ」と付け加えられるのです。つまり、バビロンの霊的な力と、霊的な知識の全てを動員しても、この主なる神ヤハウェの裁きの前には何の役にも立たない、と予告されるのです。

15節では、「彼らはおのおの勝手に迷って行き、お前を救う者はひとりもいない」と、イザヤは主なる神の言葉を語ります。若い時から苦労して学び、身に着けてきた占星術の預言もばらばらで一致せず、混乱を極めると言っています。そして主なる神は、このことを通して、占星術や魔術、占いなど、むなしいものに頼る愚かさを厳しく指摘されたのです。その背後には、歴史を支配しておられる方、主なる神様ヤハウェの存在を無視する者達の哀れな末路が示されているのです。

この第二イザヤが活動した時より六百年近くも時代が下りますが、紀元55年頃、パウロは、港町エフェソに滞在していました。そして、第二次伝道旅行の途上でコリントに滞在したときに、教会の基盤を作ったコリントの教会の信徒たちに宛てて手紙を書いていました。パウロは7章1節で、「そちらから書いて寄越したことについて言えば」と記していますので、コリントの信徒たちがパウロに対して、結婚に対する教会の態度についての質問を書き送って来たものと思われます。そして、その質問は、「キリスト者は、結婚を見合わすべきではないか」という内容であったろうと、推測されています。パウロは、コリントの信徒たちの質問に対して、答えを記しています。しかしパウロの言葉を聞きますと、結婚した方が良いのか悪いのか、離婚が絶対にいけないのかどうか、ということがはっきりとは記されていないのです。それだけ、難しい問題なのでしょうが、パウロは、これらの考え方の基礎となっている大原則を語り始めます。それが、17節です。パウロは、人間の生き方の大原則として、「それぞれ、神に召された時の身分のままで歩みなさい」と勧めているのです。結婚している者も、未婚者も、やもめも、無理に自分の状況を変える必要はないと、勧めているのです。7:24節で、パウロは、三度目の勧めを語ります。「兄弟達、各々召された時の身分のまま、神の前に留まっていなさい」と勧めています。「各々、召された時」、既にその時から、救いは始まっているのです。「神に召されて、神のものとせられる」ことこそが、救いなのです。そういう状況になれば、結婚しているか、未婚か、やもめか、等は究極の問題ではないのです。“神のもの”とされて、神様から、必要な人間として召された者は、もう迷うことは無くなるのです。

それに比べて、ペルシャに滅ぼされたバビロンの最後は、悲惨なものでした。頼みにしていた占星術師たちや占い師の言うことがバラバラで、国の方向が見通せなかったのです。むなしいものに頼ることの果かなさを見せつけられる思いがいたします。主なる神様の救いは、永遠の真理です。私たちは、今週も主の御旨に従って、迷うことなく歩むことが出来るのです。




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