説教

2012年6月3日

呪いは祝福に
大坪章美


ペトロの手紙一 3章8-17節



ネヘミヤは、バビロンの捕囚の民のひとりでした。と申しますよりは、正確には、バビロン捕囚の民の二世であったと言う方が正確かも知れません。ネヘミヤは、このペルシャに残っていたユダヤ人一族の中のひとりでした。そしてペルシャの王、アルタクセルクセス一世の給仕役を務めていたのです。このような日常を送っていたネヘミヤは、自分の実の兄弟から、故郷エルサレムの復興が一向に進んでいないということを知らされたのでした。このことを深く悲しんで、断食をしたネヘミヤを、ペルシャの王アルタクセルクセスは、ユダヤの總督に任命して、エルサレムへ遣わしたのでした。そして、紀元前444年、第六の月に城壁は完成したのです。実に、バビロン捕囚から解放されてから、94年の歳月が流れていました。13章1節には、「その日、モーセの書が民に読み聞かされ、アンモン人とモアブ人は神の会衆に永久に加われないと記されているのが分かった」と記されています。そして、この申命記の律法に、根拠を与えている出来事は、千年近くも前の、はるか昔の歴史上の事実なのです。

エジプトのラメセスを出立したイスラエルの人々は、40年近くも荒れ野を旅した後、モアブの平野に宿営していました。当時のモアブ人の王は、バラクでした。バラクは、おびただしいイスラエルの人々の前に恐れをなし、占い師、バラムに使者を送って、「今、ここに、エジプトから上ってきた一つの民が居る。今すぐに来て、わたしのために、この民を呪ってもらいたい。そうすれば、わたしはこれを打ち破って、この国モアブから追い出すことが出来るだろう」と伝えたのです。

主なる神様は、バラムがバラクのところに行くことはお許しになりましたが、焼き尽くす捧げ物の前で、バラムが語った言葉は、「神が呪いをかけぬものに、どうしてわたしが呪いをかけられよう。主がののしらぬものを、どうしてわたしがののしれよう」という託宣でした。主なる神様は、イスラエルの民を呪うことをお許しにならず、バラムを通して語られた言葉は、すべて、エルサレムを祝福する託宣になっていたのです。

ネヘミヤの時代からは、五百年程の時が下りますが、紀元90年頃のローマで、ペトロの手紙第?は書かれました。ペトロは、9節で、「悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって、祝福を祈りなさい」と教えています。そしてペトロは、これまでに述べてきた、悪には悪をもって返さず、侮辱には侮辱をもって返さず、返って迫害する者のために、祝福を祈りなさい、と教える理由を、語り出すのです。

10節の詩編34篇13節から17節の引用の前には、原文で、「何故なら」という言葉が存在するのです。「何故なら、命を愛し、幸せな日々を過ごしたい人は、舌を制して、悪を言わず・・・」と続くのです。

こうして、ペトロは、悪には悪をもって返さず、侮辱には侮辱をもって返さず、返って迫害する者たちのために祈りなさい、と教えています。そして、何故、キリストを信じる者に、それが出来るかと申しますと、「祝福を受け継ぐために、あなたがたは召されたのだから」と教えています。祝福を受け継ぐ約束を頂いた者であれば、自分を迫害する者に対して、執り成しの祈りをすることも不可能ではないでしょう。

しかし、その前に、私たちが「神の祝福を受け継ぐ」という約束は、何処でなされたのでしょうか。それは、今日最初にお読み頂いたネヘミヤ記13:2節に記されていました、「わたしたちの神は、イスラエルの民への呪いを祝福に変えて下さった」という言葉にあったのです。主なる神様は、占い師バラムがイスラエルの民を呪うことをお許しにならず、返って、祝福の言葉を語らせたのでした。主なる神様は、イスラエルの民への呪いは、祝福に変えて下さるのです。そして、私たち異邦人キリスト者は、イスラエルのオリーブの木に接ぎ木された、新しいイスラエルの民なのです。新しいイスラエルの民には主なる神の祝福が約束されています。もう、悪には悪をもって、侮辱には侮辱をもって返すこともなく、迫害する者のために祈ることが出来るのです。




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