説教

2012年2月26日

神の畑 神の建物
大坪章美


コリントの信徒への手紙一 3章1-10節


エレミヤは、紀元前650年頃にエルサレムの北東に位置するアナトテという小さな村で生まれた預言者です。召命を受けた24歳の頃、ユダは、勇敢で、主なる神ヤハウェへの信仰の篤いヨシヤ王の治世で、国は栄えていました。ところが、このヨシヤ王が、アッシリア帝国を支援しようと北上してきたエジプトのファラオ、ネコ二世の軍に戦いを挑み、戦死してからというもの、南王国ユダにとっては苦難の時代が始まったのです。エレミヤは、このダビデの血筋のユダ王国の悲惨な歴史を、最後まで見届けた預言者でした。主なる神はエレミヤに、幻を示されました。神殿の前に、2つの籠が置いてあったというのです。ひとつの籠には初なりのいちじくのような、見事ないちじくが入っており、もう一つの籠には、状態が悪く、人には食べられないようないちじくが入っていました。主なる神様は、良いいちじくの意味と、悪いいちじくの意味を解き明かして下さいます。エレミヤに、神様の言葉が臨みました、「このところからカルデア人の国へ送ったユダの捕囚の民を、わたしは、この良いいちじくのように見做して、恵みを与えよう。彼らに目を留めて、恵みを与え、この地に連れ戻す。彼らを建てて、倒さず、植えて、抜くことはない」と仰いました。これとは対照的に、神様は、バビロンへ連行されることもなく、エルサレムに居残ることが出来た人々関しても、預言の言葉を与えられます。「ユダの王、ゼデキヤとその高官たち、エルサレムの残りの者で、この国に留まっている者、エジプトの国に住みついた者を、非常に悪くて食べられないいちじくのようにする」と言われました。それから、六百年もの時が流れ、使徒パウロは、エフェソで、コリントにいる信徒達への手紙を認めておりました。パウロは5節で語ります、「アポロとは何者か、また、パウロとは何者か」と問いかけます。コリントの信徒達が、「わたしはパウロにつく。いや、わたしはアポロにつく」と言っていることに対して、“この世の思い”が支配していて、神の霊が支配しているのではない、と非難しているのです。パウロはあらためて言っています、「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させて下さったのは、神です」と諭しています。いわば、2人は、神様から作業を委託された農業労働者に過ぎない、彼らには種を芽生えさせることは出来ない、神様の不思議なお力によるものだと教えています。そしてこれらの譬えを9節で総括します、「わたしたちは、神のために力を合わせて働くものであり、あなたがたは、神の畑、神の建物なのです」と言っています。何故、神の畑かと言いますと、旧約の昔からイスラエルは、神のぶどう畑であるという比喩が用いられてきたからなのです。イザヤ書5:1節には、「わたしは歌おう、愛する者のために。そのぶどう畑の愛の歌を」と歌われています。神様はぶどう畑を持っておられ、そこにぶどうを植え、育てられるのです。そして、成長して、信仰という大きな実が成るのです。また、パウロは、「あなたがたは、神の建物」と記しました。コリントの信徒の集会を、“神の建物”と呼んでいます。「熟練した建築家のように、土台を据えました」と言っています。その土台は、十字架につけられたキリストなのです。終りの日に、再臨のイエス様が来られた時に、神の裁きの火にさらされても燃えるようなものであってはならないのです。預言者エレミヤの時代、主なる神は、「彼らを建てて倒さず、植えて抜くことはない」と語られました。主なる神に選ばれて、第一次バビロン捕囚の民となった人々は、約束の時が終わったらエルサレムに戻り、恵みと祝福とを受けてイスラエルの民の礎となると預言されたのでした。パウロがコリントの信徒達へ書き送ったのも、同じ神の言葉です。コリントに福音の種を植え、成長させて下さったのは神様であり、パウロやアポロはその為に仕えたに過ぎないと書き送りました。パウロにつく、或いはアポロにつくといった分派活動を戒めたのです。私達の教会も同様に、十字架につけられたイエス・キリストの土台の上に建てられています。日々罪を赦され新しい気持ちで歩みだすことが出来るのです。



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