説教

2011年12月18日

知識より愛によって
大坪章美


コリントの信徒への手紙一 8章4-11節


エレミヤ書25:1節には、南王国ユダの王、ヨシヤの子、ヨヤキムの第4年、紀元前605年に、ユダの民すべてについて、預言者エレミヤに臨んだ主の言葉が記されています。エレミヤは、預言者活動を開始したときから、北からの脅威を預言し、警鐘を鳴らし続けていたのです。そして紀元前609年、バビロニアがカルケミシュの戦いでエジプト軍を打ち破ったことで、その預言が実際の出来事になったのでした。エレミヤは、「立ち帰って、悪の道と悪事を捨てよ。そうすれば、主が、お前たちと先祖に与えられた地に、とこしえからとこしえまで住むことができる」と話します。そして、「他の神々に従って行くな。彼らに仕え、ひれ伏してはならない」と伝えるのです。しかし、次のエレミヤの言葉は、ユダの民と、エルサレムの人々が、主なる神の警告に従わなかったという、主なる神の裁きを語り始めます。7節です、「しかし、お前たちは、わたしに従わなかった、と主は言われる」とエレミヤは預言します。主なる神は、「お前たちは偶像をもってわたしを怒らせ、災いを招いた」と宣告されます。「わたしの僕、バビロンの王ネブカドネツァルに命じて、ユダの地とエルサレムの住民を襲わせ、ことごとく滅ぼし尽させる」と仰るのです。ユダの地から、エルサレムから、幸せがすべて失われる、というのです。平穏な日常生活は、根こそぎくつがえされるというのであります。それは、貴族や宮廷の高官たち、エルサレムの主だった人たちが、バビロンに連行され、捕囚の奴隷とされてしまうからであります。そして、このバビロン捕囚は、70年続く、と預言されました。こうして、エレミヤに臨んだ主なる神の裁きの預言は成就し、ユダの民とエルサレムの住人たちは、70年もの間、国を追われることになってしまいました。そして、その原因は、イスラエルの民が神に立ち帰ることをせず、異教の神々に従って、偶像に仕え、ひれ伏すことを繰り返したからに他なりませんでした。このエレミヤの時代から六百年も後のこと、紀元1世紀、パウロの時代にも、“偶像”が問題になっていました。その頃、コリントの信徒たちの間で、「異教の神のいけにえに使われた動物の肉を食べることは許されるか」という議論が起きて、結論が出せず、パウロに手紙で問い合わせたのでした。パウロに質問してきたコリントの信徒たちは、グノーシス、つまり、知識を持っていると、自認している人々でした。そのグノーシスつまり知識によって、彼らは、「わたしには、すべてのことが許されている」と考えていたのです。パウロは、この知識を持っている、強い者たちに向かって言います、8節です、「食べることが出来ても、食べなくとも、神には何の影響も与えない」と、言っています。そして、食べるか、食べないかの基準を、9節で述べます、「ただ、あなたがたのこの自由な態度が、弱い人々を罪に誘うことにならないように、気をつけなさい」と記しています。パウロは、「食べるか、食べないかの基準は、弱い者たちが、強い者たちの高慢な自由に、つまずくか否かである」と教えています。ですから、パウロは、13節で次のように締め括るのです、「食物のことが、わたしの兄弟を躓かせるくらいなら、兄弟を躓かせないために、わたしは今後、決して肉を口にしません」と言い切っています。コリントの信徒たちがパウロに質問したのは、もともと、「偶像に供えた肉を食べることは、許されるか」という問題でした。パウロの考え方は、その上を行くのです。パウロが、「わたしは今後、決して肉を口にしません」と言った、“肉”とは、偶像に献げられたものに限らず、市場に出回っているものも、一切口にしない、と言っているのです。ここには、弱い者の信仰を守ろうとするパウロの愛が見えます。そして、パウロの愛による問題解決は、エレミヤに臨んだ主なる神の言葉、「他の神々に従って行くな。彼らに仕え、ひれ伏してはならない」という命令を、見事に守っているのです。なぜなら、異教の偶像など神ではない、という知識から生まれる“供えられた肉を食べても良い”という自由を保持しながら、弱い者たちのために、自らその自由を制限しているからなのです。



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