説教

2011年12月11日

神ご自身の計画と恵み
大坪章美


テモテへの手紙二 1章6-12節


詩編31編は、ダビデがサウルの手から、逃れていた時に作られたものと言われています。敵に囲まれ、追い詰められて、主なる神様に祈っているのです。11節で、「罪のゆえに力は失せ、骨は衰えてゆきます」と訴えておりますように、ダビデは、現在の不幸が、自らの咎と結びついたものである、と信じているがゆえに、その心を重くしているのです。16節で、ダビデは、神様に願っています、「わたしにふさわしい時に、御手をもって、追い迫るもの、敵の手から助け出してください」と、祈っています。ダビデは、“わたしの時”を強調するのです。人間、誰しも、“わたしの時”を持っています。ダビデは、この“わたしの時”は、主なる神の御手の中にある、と、主なる神にすべてを委ねているのです。ダビデは、「“御手のうちにある”わたしの時に、追い迫る者、敵の手から助け出してください」という祈りを導きだしているのです。

このダビデの祈りから、千年ほども後のこと、使徒パウロは、テモテへの手紙?の1:9節に、千年もの時空を飛び越えて、ダビデの祈りにお答えになったかのような神の御心を書き記しています。そこには、「神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出して下さったのは、わたしたちの行いによるのではなく、ご自身の計画と恵みによるのです」と、記されています。パウロは、この手紙を、自らの遺言として書いています。それは、この手紙の4:6節以下に、「わたし自身は、既に、いけにえとして献げられています。世を去る時が近づきました。」と、記されていることからも、分かります。パウロが、使徒言行録25:10節で、「私は、皇帝の法廷に出頭しているのですから、ここで裁判を受けるのが当然です」と言って上訴したのが、皇帝ネロの時で、紀元55年のことでした。紀元64年7月、ローマ市内に火の手が上がり、六日間も燃え続けて、ローマ市全体の三分の一が焼けてしまったのです。折から皇帝ネロが、トロイの落城の焔を想いつつ、竪琴に興じたという噂が広がると、ネロは、当時、異教の神々を祭らず、社会一般からも嫌われていたキリスト教徒に放火の罪を着せ、「彼らキリスト教徒は、人類を憎んだ」という理由を作って、捕らえ、処刑を始めたのでした。このような処刑を目の前に控えていたパウロは、愛弟子テモテに対して、「ローマのわたしのところへ来てください」と願っています。皇帝ネロによる迫害の前に、テモテになされたパウロの願いは、殉教をも辞さない覚悟まで要求するものでありました。8節に記されていますように、「むしろ、神の力に支えられて、福音のために、わたしと共に苦しみを忍んで下さい」というテモテへの願いが、このことを示しています。パウロには、「福音のための苦しみには、それを乗り越えさせる神の力が働く」という確信があったからなのです。パウロは、自らも受けているこの福音の恵みを、告げひろめないではいられないのです。そして、愛する弟子のテモテにもこの危険極まりないローマへ来てほしいと、願っているのです。この強さは、一体どこから来るのでしょう。パウロは、ローマ帝国にも、ユダヤ教徒にも、ひとことも苦情を申しません。そして、「わたしは、自分が信頼している方を知っており、わたしに委ねられているものを、その方が、かの日まで守ることがお出来になると確信しているから」と言っています。ここにパウロの救いがあります。イエス・キリストのための苦しみは、希望の源であり、喜びでしかないのです。ここにパウロの生き方の強さがあります。愛弟子テモテをも、呼び寄せることができるのであります。このようにパウロは、自らの死を前にして、テモテに、“神の力”についての言葉を残しました。「神がわたしたちを救って下さったのは、神ご自身の計画と恵みによる」というのです。続いて、「この恵みは、天地創造の前から、イエス・キリストにおいてわたしたちに与えられたもので、イエス様のお誕生によって明らかになった」と記しています。パウロは、この福音のための苦しみは、苦しみではない、と宣言しています。イエス様の福音を信じる者には、その苦しみは、“希望と喜び”に変わるのです。



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