説教

2011年6月12日

真理の霊
大坪章美


ヨハネによる福音書 14章22-29節


時は紀元30年の過越しの祭りの前夜、場所は、エルサレムの、とある家の2階の広間でのこと、イエスさまと弟子たちが、最後の晩餐を終えられた後のことです。イエスさまは、幾つかの説教を語り始められます。これが、イエスさまの“訣別説教”として、世に知られているものであります。まさに、ユダヤの暦で、ニサンの月の14日の晩、この世的に表現すれば、イエスさまの、弟子たちに対する遺言とも言うべき最後の説教でありました。イエスさまが、訣別説教で語られたことは、イエスさまがこの地上を離れられた後の、弟子たちの身を案じる、愛に満ちたものでありました。

イエスさまは、既に、ご自分が、地上を離れる時が近いことを、悟っておられました。ヨハネによる福音書の13章1節には、「イエスは、この世から父のもとへ移る、ご自分の時が来たのを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく、愛し抜かれた」と記されております。イエスさまが御心にかけられたのは、ご自分が父なる神のもとに昇られた後、再びこの世の完成、いわゆる再臨の時に地上に来られるまでの間、この弟子たちを、ご自分に代わって導く者が、誰も居なくなること、でありました。イエスさまには、もう、ご自分が十字架に上げられた後の、弟子たちの狼狽ぶりが、あるいは、意気消沈ぶりが、そしてまた、イエスさまへの裏切りと、信仰を失くすほどの挫折ぶりが、分かっておられたのです。

そこで、イエスさまは言われました、「わたしは父にお願いしよう。父は、別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒に居るようにして下さる」。イエスさまは、父なる神様にお願いして、ご自分とは別の助け主を、弟子たちに遣わそうとしておられるのです。イエスさまのお言葉を、噛み砕いて申し上げますと、「わたしは、わたしの父によって、助け主として、この世に来た。しかし、それは、いっときの使命を果たすためであった。今、わたしは、自分の務めを果たし終えたから、別の助け主が、あなたたちに与えられるように願う。それは、いっときのためではなく、永遠に、あなた方と共に、留まるのだ」ということになります。この“新しい助け主”とはいったい誰なのでしょうか。

その答えが、17節に記されています、イエスさまは、「この方は“真理の霊”である。世は、この霊を見ようとも、知ろうともしないので、受け入れることができない」と言われています。 この、イエスさまに代わる助け主、“真理の霊”の役割は、2つあります。その役割のひとつは、イエスさまが、地上にあってなされた御業を、弟子たち、共同体に教え、思い出させることです。この働きによって、弟子たちは、イエスさまが父なる神のもとに昇られることになっても、イエスさまが地上に示されたことが終わってしまうのではないことを、明確に知ることになります。そして、真理の霊の第二の役割は、地上でのイエスさまの御業を、地の果てまで、告げ広めることでした。これらのことから分かるのは、新しく遣わされる“真理の霊”は、イエスさまの教えから離れることはないのです。ただ、弟子たちが、イエスさまから聞いた言葉を、ふさわしい時に彼らの目の前に置き、常に弟子たちの中に呼び覚まし力づけるのであります。

また、29節で、イエスさまが言われている、「事が起こった時に、あなたがたが信じるようにと、今、そのことの起こる前に話しておく」というお言葉は、実は、弟子たちに、繰り返し、教え込まれなければならなかった言葉でした。何故ならば、“その事”というのは、人間の想像力も、あらゆる能力をも、はるかに上回る、“神秘”であったからです。ですから、イエスさまは、証言しておられるのです、「起こるべきことが、起こった時に、彼らが信じるためである」と。“その事”つまり、“イエスさまの死と、甦りと、昇天、そしてそれに続く聖霊の注ぎ”とは、私たちの内に信仰を生み出すために、イエスさまの教えに含まれていたのであります。そして、今日のこの礼拝は、イエスさまが証言され預言されていた“真理の霊”が弟子たち一同に降された“聖霊降臨”の記念の礼拝なのです。



前のページへ戻る