説教

2010年10月3日

宣教の脇役者
土橋修


フィリピの信徒への手紙2;19〜30



 使徒パウロは比類なき宣教の主役です。畏敬と注目の的です。しかし名主役の陰には優れた脇役が居るものです。パウロの周りもそうした脇役的な存在が居りました。今回のテキストでは二人の名が上がります。

 テモテの名は最も親しみ深く、パウロの一番弟子としてその付き合いも最も長い人物です。使徒言行録16章の第二伝道旅行以来、ローマ獄中生活最後まで、彼はパウロの身近に居り、何時でも何処でも彼の命ずるまま動きました。パウロの手足であり、目・鼻となり代弁者として語りました。彼の出自はテモテ第二1:5に明らかです。父親はギリシャ人でしたが、母ユニケ、祖母ロイスはキリスト者で、彼女らの熱心な信仰を彼は受け継ぎ、師パウロからは「わが愛する子」(?コリント4:17)と呼ばれる程の愛情を注がれました。

 今パウロは獄中にあってテモテをフィリピの仲間に派遣しようと願っていたようです。その意図には美しい教会の中にも、自己中心的な人々の気配に気づいていたからのようです(21)。テモテのような人が遣わされることで、彼らのその非が正されると信じていたからでしょう。またテモテの「確かな人物」像が、フィリピの人々を福音の道に立ち返らせると信じたからと思います。「確かな人物」とは、以前の訳では「練達ぶり」とありました。「練」の編は糸、旁はねる・きたえるの意で、煮て柔らかにし、艶を出した糸となります。試練・艱難をくぐり抜け、経験豊かな人物としてのテモテ評価が読みとれます。パウロは問題を多く抱えたコリント人を懇々と諭したとき(コリント第一 4:15)、「福音を通じ、キリスト・イエスに於いてわたしがあなたがたをもうけたのです。」と言い「テモテをそちらにつかわしたのは、このことのためです」(17)と、テモテ派遣の意図をこの時も示していました。パウロとテモテの関係は、イエス・キリストを互いの心として結ばれた仲でした。そしてテモテはパウロの信仰を忠実に果たすべく、その任に心を尽くして勤め励んだ人物でした。フィリピの人々にもそれは「認めるところ」でした(22)。

 ところが緊急事態が起こり、テモテ派遣の前に、エパフロディトを帰すことになりました。彼はフィリピ教会を代表し、パウロの見舞いに来た人です。その後も、滞在しパウロの介護に当たって居りました。不幸にして病気(ローマ熱)に罹り、瀕死の状況に至っていました。パウロは彼の心身の苦痛を察し、彼を急ぎ送り帰すことにしました。パウロが彼の心痛を思いやる細やかさに、読む者は心を打たれます。或人は「窓辺のエパフロディト」と評し、その苦衷の程を推察します。私も病気で礼拝、伝道を一時停滞せざるを得なかった時や、隠退当初など、窓際族的苦悩を味わっています。

 しかしパウロはエパフロディトに素晴らしい呼び名を捧げます。その名は「兄弟・協力者・戦友」「窮乏の時の奉仕者」「使者」等々です。エパフロディトの名はフィリピ書を機縁に1回限り登場の名です。その彼に支えられるこれらの称賛は何という名誉でしょう。彼への尊敬は「己のためでなく、あなたがたの分を果たすため」であり、「キリストの業のための命がけ」であったことにあります。だから迎える側も、「主に結ばれている者として、大いに歓迎してください」と念を押すのです。

 脇役は端役ではありません。主役(立役者)に対する影薄い存在でもありません。陰にあって他者を立て、自分なりに自主的信仰を明らかに保ちつつ、主役、他者を支えて自らを喜びとする者です。テモテの如く長く労するものが居る反面、エパフロディトの如く一時、一事に係わる人もあります。求められていることは「心を尽くし力を尽くして、主なる神、イエス・キリストに尽す」ことにあります。「子が父に仕えるように、福音に仕え」るテモテと、「キリストの業に命をかけ、死ぬ程の目に遭った」エパフロディトは、両者ともに素晴らしいパウロの脇役者であったように、二人はいずれ劣らぬ、自主自立の福音信仰者なのです。



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