説教

2010年6月20日

ステファノの殉教
土橋 修


使徒言行録 7章54-60節


「神が教会を建てると、悪魔は傍らに会堂を造る」原始教会の活動は、諸々の内憂外患を招きました。そこで十二使徒は「神の言葉に専念し」、内輪の活動、奉仕には役員会を組織しました。役員7人の筆頭がステファノでした(6:1−7)。しかし彼は(霊と知恵の人として、役員の任務を超えて積極的な活動を行い、このため激しい議論に巻き込まれ、遂には最高法院まで訴えられる羽目となります(同8 −15)。

思いがけぬことから、ここで彼の一大説教が行われることとなります。7章全体がそれです。彼はアブラハムから説き起こし、モーセ・ソロモンに及ぶユダヤの歴史を延々と語ります。その歴史の舞台はメソポタミアから、遠くエジプトに飛び、またシナイを経て父祖の地イスラエルヘと展開します。そこで一貫して告げられるメッセージは、「いと高き神」の高い調べと、「あなたがたの先祖は、その預言者をことごとく迫害し、『正しい方(イエス)』が来られると、これを殺し裏切る者となった」との、厳しい糾弾でした。

斯くてステファノの殉教を見ないではすまなくなりました。「人は激怒し」この激怒は「のこぎりで心を二つに切断する」との意味です。人々の「歯ぎしり」は、そののこぎりの音にも聞こえます。しかし対するステファノの心は「聖霊に満たされ、天を見つめて」います。人々の激怒と飛び交う石の音の、狂える動に対し、彼の内なる心の穏やかな静の対照は際立ちます。その顔は説教始めの「天使の顔」を保っていたことでしょう。その心は主イエスに向かって、不動心を堅持していたことは間違いありません。

この間、彼が口にした言葉が三つ残されました。

1.「天が開いて人の子が、神の右に立っておられるのが見える」
−「人の子」は「救い主(メシヤ)」としてのイエスの自称です(ルカ 22:69)。但し、「神の右に座す」と、「神の右に立つ」との相違が目につきます。それは「着座」は神の権威の栄光を表現するのに対し、「右に立つ」イエスは、神の子の愛と哀れみの行動を表現するものと解されます。ステファノにはイエスが、石打ちの下にある彼に、立って身を伸ばし、手を差し出し支えて下さるように、見えていたのではないでしょうか。

2.「主イエスよ、わたしの霊をお受け下さい。」
−イエスは十字架上で「神よ」と呼びました。しかし、ステファノは「主イエスよ」と呼びます。何故でしょう。私どもにとって救いは、イエスを仲保者とせずには、与えられないものです。父なる神の愛も「その独り子をお与えになるほどに」という、痛みを伴った愛であることが強調されているのです。独り子イエスの使命は、この十字架という死を通す必要がありました。地上の罪人としては、この十字架の購いを貫き通したイエスを通さずには、神を仰げないのです。これがステファノの信仰告白であったのです。

3.「この罪を彼らに負わせないで下さい。」
−これもイエスの場合と同じ祈りです。ただイエスは「彼らはその成すところを知らないからである」との理由が添えられています。これは全く神の権威の業によることを意味します。ステファノの立場はそれとは違います。罪人同士の間での許しの権威はありません。僣越です。情状酌量の余地はありません。ただ今は、神の子イエスの仲保に、全幅お委ねするのみなのです。それが最善の祈り、真実な祈りなのです。ステファノは静かな「眠りについた」と、この記録は結びます。

イエスはヤイロの娘の死に立ち会った時「泣くな、死んだのではない。眠っているのだ」(ルカ 8:54)と告げました。イエスに続く最初の殉教者として、霊の人ステファノは既に天に帰り、後に続く私どものために、祈りつつ見守っていてくれることと信じます。教会役員であった彼ですが、使徒同様に「神の言葉をないがしろにせず」殉教の道を進みました。彼の記録は「言行録」6−7章1回限りです。しかしその霊的貢献の価値は偉大です。彼に倣い神の言をないがしろにせず、忠実でありたく願います。



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