説教

2010年6月13日

愛の水素弾 ステファノ
鄭 夏性



音声はありません。 文責:札幌中央教会総務委員会

「愛と赦しは、この時代を変化させる原動力」愛と赦しは、和解と統合と南北統一の原動力、民族融合(愛の統一)は、世界を一つにする我が民族の使命であります。

「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」マタイ5章43〜44節。

原子爆弾には二つの種類があります。一つは核分裂時に大きなエネルギーが発生するもので、ウラニウムとプルトニウムを原料とするものです。もう一つは核融合時に大きなエネルギーを発生するもので、これは重水素を原料にしています。

私は、核融合のエネルギーを統合、和合、統一の原動力と見て、この大きなエネルギーを愛に適用して、考えてみたいと思います。

最初の殉教者ステファノを、赦しと愛の水素弾と呼びたいのです。ステファノは石に打たれて死ぬ時にも、その石を投げる者達のために祈りました。石を投げる人達の中にサウル(後にパウロと改名した)が立っていました。

人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。それから、ひざまずいて、「主よ、この罪をかれらに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステファノはこう言って眠りについた。使徒言行録7章59〜60節。ステファノは統合と統一の愛の水素弾です。

イエスさまは敵も愛しなさいと言いましたが、北朝鮮の権力者たちも愛しましょうと言ったら、反共意識が強い先輩は、それはイエスさまは出来るけど、人間が出来るでしょうかと反論しました。しかし、人間が出来ないことをイエスさまがしなさいと言ったでしょうか。特に北朝鮮の権力者たちを愛してって?彼らは敵でなく悪魔だ、イエスさまが悪魔を愛しなさいと言ったことがあるか?と又反論しました。

1950年6月25日、南北戦争が始まった時、北の方に17歳で義勇軍として、召集されて行って、いま、金日成のバッチを付けている老人になった弟の写真を見て、涙が止まりませんでした。どうしてこの弟を悪魔と言えるでしょうか。赤十字を通じて金剛山で会う計画がありましたが、急病のため、会うことができませんでした。心が痛みます。弟の住所もわからず、会うことができなくても、天国で会うことが出来るようにと、神様に涙を流しながら祈っています。

これは、私だけの悲しみではなく、南北離散家族を持つ国民の80%の悲しみです。 100%人間であり、100%神であるイエスさまが、十字架の上で、全人類の罪の赦しのために犠牲となり、3日目に復活して、全人類に復活の希望を与えました。我等が黄金律、「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」(マタイ7章12節)韓国と日本が愛をもって前進し、第二のイスラエル(選民国)になるためには、ステファノ水素弾達が沢山出現しなければなりません。

柳冠順烈士(韓国独立のために殉国した女学生)の家族である柳牧師は日本紀行文に次のように書いています。今は間違って思っていた昔のことも、清らかに洗って、新しい衣服に変えなければならない。未来の足跡は、今の足蹟ではないか。主は「相互に赦し合い、敵をも愛しなさい」と強調しました。献身してこの世に来て、十字架上で死ぬまで、赦しの模範を見せたイエスさまではありませんか。韓国に対して行った日本の罪は忘れないけれども……。

多くの愛の水素弾達がおります。私の恩師 朴昶環先生は南北戦争の時に、手に苦しみを受けながら、殉国しましたが、イエスの愛を持って赦しと南北の和解のために祈りました。孫牧師は二人の子どもを殺した死刑囚を赦し、その子どもを養子として養育しました。

在米韓国人Lee Seung Man牧師は19歳の時、彼の目の前で父が殺されるのを見て、復讐しようと決心して、南下し、海兵隊に入隊し、参戦した後に渡米し、牧師になりましたが、常に反共意識と復讐心を持って歳月を過ごすうちに黒人運動家Martin Luther King牧師と会い、牧師の敵を愛する広く、深い心を知りました。M.L.Kingの「容赦は被圧迫者がすることで、黒人が白人を赦せるのと、又、黒人運動は黒人だけの運動でなく、白人運動でもある」との言葉に感動して、その人の協力者になり、後に南北交流の橋になって、大きな役割を果たしています。

終わりに愛の水素弾ステファノを石で打つのに加わったサウロが回心して、キリスト教の偉大な使徒パウロになったのは、ステファノの赦しと愛のためであったように、私達みんなが、愛の水素弾になりましょう。愛の水素弾は「重荷を負う者は、わたしのところに来なさい」という大海のような広い心を持たなければなりません。

約60年前、私かまだ若かった時、京釜線の上り列車の三等室で、ある老人が書いてくださった文句が思い出されます。

明園不択早遅花 大海能容清濁水
(大きな海は、清水、濁水みな受け入れる)

愛の水素弾は「批判を受けたくない人は、他の人を批判するな」との言葉のように、他人に誤りを語らないで、万事に感謝しながら、歴史の主管者である主に全てのことを任せなさい。

小人 比面不周 君子 両面不比
(君子はみんなを受け入れて比較しない)

世界結核ゼロ運動本部長 金相煥(Kim Sang Whan)カナダ人牧師は、生命の水なるイエスの心を次のように表現しました。

達峯巍山(高い山)
深山幽谷(深い谷)
清雲蒼空(青い空)
洋々大海(広い海)
谷泉玉井(清い生命水)

洋々大海は、清濁水を全て受け入れても、純潔性は変わらない。

赦しと愛は全世界を和合、統合、融合させる原動力です。愛の統一国家を造ってくださるように涙を流しながら熱心に祈りましょう。



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