説教

2010年4月25日

主は羊飼い
真駒内教会 田中文宏牧師


詩編23編1-6節


今から22年前、私はアメリカのミシガン州のホランドにあるウェスタン神学校に留学しました。入学して間もなく、近くの教会で始まったホスピス・ボランティアの養成講座を妻と共に受講しました。ホランドの町には在宅中心のホスピスがあり、講座を修了したボランティアは、患者や家族を支えるために奉仕していました。私たちは日本人でしたので、実際に患者や家族と関わることはできませんでした。そこで、妻と相談の上、クリスマスに患者と家族の方々を祈りに覚え、折鶴のプレゼントをしました。小さな愛の贈物でしたが、とても喜ばれたことを伝えられ、感謝の気持ちで一杯になりました。

ところで、数年前、札幌のあるクリニックで行なわれた記念の集いに出席しました。このクリニックは在宅ホスピスの働きに力を入れ、毎年ご遺族や関係者の方々を招いて記念の集いを行なっています。美味しいお茶とケーキをいただきながら、亡くなられた方々の思い出に花が咲きました。それは、笑いあり、涙ありの慰めに満ちたひとときでした。また、この日のために素敵な竪琴とバイオリンの演奏がありました。特に、竪琴の調べは新鮮でした。演奏で用いられた竪琴は心臓の形をしていること、それゆえに左胸にあてがって音色を奏でると不思議な癒しのパワーがあることを教えてくださいました。

聖書の詩編の多くは名君ダビデによって歌われたものと言われます。かつて、少年ダビデは羊飼いをしていましたが、同時に竪琴の名手でもありました。彼の奏でる竪琴の調べは、精神的な畏れと不安に苦しむイスラエルの初代の王・サウルの魂を癒したといわれます。ダビデの歌った詩編23編は、詩編の中でも最も美しい詩編のひとつといわれます。

「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。」(1節)ここには私たちの人生を守り導く羊飼いとしての主への信仰が告白されています。この主に従うとき、たとえ人生の死の陰の谷を行くときも、主の恵と慈しみが私たちを守ってくださるのです。



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