説教

2009年5月31日

神は人を分け隔てない
梅田憲章

それで、わたしたちは異邦人へ、彼らは割礼を受けた人々のところに行くことになったのです。


ガラテヤの信徒への手紙2章1-10節


パウロはシリアおよびキリキア地方の異邦人の間で、「人は律法によって救われるのではなく、神の恵みによって救われるのだ」とは熱心に伝道していました。14年が過ぎました。パウロは、アンテオケ教会を代表して、エルサレムに上ることを決断します。同行者はエルサレムに大勢の知人友人がいるバルナバと、ギリシャ人のキリスト者テトスでした。目的は、パウロが異邦人に対し宣べ伝えてきた「割礼なしの福音宣教」が正当であると認めさせるためでした。

しかし、エルサレムの教会は、唯々諾々とパウロの主張を受け入れたのではありませんでした。パウロの迫害者としての前歴が災いし、ユダヤ人から見た異邦人の神に対する理解のなさも根強い反対となったのでした。同行のテトスに対しては、偽の兄弟たちが割礼を受けるようにと強制するのでした。しかし、彼は割礼を受けませんでした。

パウロは異邦人に対する割礼なしの福音が受け入れられると確信していました。それは、「神は人を分け隔てなさいません」ということを信じていたからです。神は人をほかの事情で判断されない。と信じていたのです。当時のエルサレム教会ではヤコブを指導者として尊重し、ペトロとヨハネは十二使徒の代表でした。彼らはパウロの福音をそのまま承認したのでした。

神はペテロに働きかけて、割礼を受けた人々に対する福音を伝える使徒とされ、パウロには割礼を受けていない人々に対して福音を語り伝える使徒とされたのでした。この事実を承認しあい、ともに進もうと、ヤコブとケファとヨハネ、つまり柱と目されるおもだった人たちは、パウロとバルナバに一致のしるしとして右手を差し出しました。それで、パウロたちは異邦人へ、彼らは割礼を受けた人々のところに行くことになったのです。伝道領域について、役割分担が相互承認されたが、具体的な問題は先送りされたのでした。

今日はペンテコステ聖霊降臨日です。

パウロは復活のキリストに出会い、劇的な回心をします。そしてシナゴグで「イエスこそ神の子である。」と語りはじめます。パウロの最初の伝道はこのような驚きをもって迎えられました。

3年後、パウロはシリア、キリキアで伝道を開始します。「かつて我々を迫害した者が、あの当時滅ぼそうとしていた信仰を、今は福音として告げ知らせている」とパウロのことで神をほめたたえているのです。パウロの伝道するところでは驚きが起こるのでした。

パウロに働く聖霊は啓示となって語りかけ、行くこと、話し合うこと、意見をまとめることをさせ、これから行うべきことを決断させるのです。

パウロの行く道は平坦ではありません。同じ信仰を持つ人々でも、偽教師に揺さぶられ混乱させられ、ともに働いてきたバルナバとは意見の衝突で別れ、ペトロとは食物規定での意見の相違で仲たがいし、分派行動で悩みます。しかし、彼の語る福音「実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。」(ローマの信徒への手紙10章9-10節)は、少しもぶれないのです。

私たちは、ガラテヤの兄弟たちと似たところがあります。神の恵みを受けながら、そこでも、自分はこれをしたといって誇り、これが出来なかったといって悔やみ、また出来たことによって他人と比較してしまうのです。自由だけではなく、律法と割礼を必要とするのです。律法と割礼に於いて、人々は比較することが出来、優劣をつけることが出来るからです。人間は人をそのような外的要因で評価するのですが、神は人を分けへだてせず、偏り見ることをしないのです。

私たちはみんな同じ価値を与えられ、同じ価値をもっています。こう理解したとき、他人を支配したり、傲慢であったり、卑屈であったり、支配されたり、権威に怖気ついたりすることはなくなるのです。

このことを可能にする力、それが私たちに働きかける聖霊の働きなのではないでしょうか。教会に集うみんなが、神の前に全く等しい存在であることを基盤として、教会員が教会形成に励む。そのようなペンテコステを祝いたいのです。



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