説教

2008年11月2日

証し 神の予定のとき ─ 「ホレンコ喜びへの扉」で放送 ─
梅田憲章

イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした。


ヨハネによる福音書5章2-9節


38年の間、横たわっている男に、イエスが言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」その時、男の足に始めての感覚がやってきた。血が流れていくのを実感できたのだ。足が熱くなり、しびれが取れ、歩くことができたのだ。

私は20歳で洗礼を受けました。大学を卒業後、会社に就職し、プラスチックの研究に没頭するようになりました。教会も会社もバリバリと音がするくらい働きました。

51歳、1994年、勤続25周年記念でそれまで苦労をかけた妻とヨーロッパ旅行をしているとき、ローマで脳梗塞になり、倒れました。全く動けない日が3日続きました。初期治療のせいで見る見る回復することができ、1ヵ月後帰国し横須賀の病院に入院し、約3カ月休んだのち、杖をついて、出社しましたが、職場はすぐに変わりました。

主治医は「悪くなってきた時間をかけて、元に戻るようにしよう」といいました。過去の検診記録をみると4年かかることになる。そのときは長いと思いました。しかし実際にはもっとかかりました。身体の健康と仕事などの健康と精神の健康をバランスよく保つこと難しさを味わいました。特に精神の健康は高く保つことが難しいものでした。というのも、それまで、効率と効果を求め、力で仕事をこなしてきた自分の歩みが自分を苦しめるのです。  病気になった先輩に心の中で「あの人はもうだめだ。」と思った、自分の考えが自分を苦しめるのです。病気になって、病にあった人の思いをはじめて思いました。

普通の人と同じような生活になったと喜んでいた時、2001年の秋、すぐに疲れ、心臓に痛みが発作的に起こることに気づきました。原因は、また動脈硬化であり、狭心症であることが明らかになりました。

詳細な検査の結果、1本の冠動脈がほぼ95%近く閉塞しており、このままでは、「次回お会いする時は死体ですよ。」とおどかされ、手術をすることになりました。   58歳のときでした。受洗以来38年だった。手術室で、ステントを装着し、血管を広げ、血が流れ始めると、スーッと周りが明るく、軽くなりました。「梅田さん、完璧に行きましたよ。」手術をしてくれた医師の言葉に、癒して下さった「神の召し」を確信した。

定年まで会社に勤めて神学校に行くのではなく、今すぐにやめて行こうと。

いままでのように、予定表の最後のページに神への決意を書いてきた自分を捨て、最初のページに神の計画を書こう、そして生きがいを費やさせてきた人々に「生きる意味」を伝えて行こうと決意した。

神学校に入学して、図書館でヨハネ5章を読んでからだが震えだした。べテサダの男にとって、38年の時間は、癒されたいと願う男に神が出会うまでの時間であった。わたしはそれまで、自分で会社を辞め、自分の決意で神学校に入学した。

しかし、自分の38年ではなく、それが神の設定して下さる条件がそろうときであり、神の忍耐のときであり、自分が神のみ心を受け入れるまでの時間であるのに気づいたのです。

この時間は時計が刻む時間・私たちの計画、人生の中に割り込んで、入ってきます。あなたにとって、神が語りかけてくることは何でしょうか。

その時はいつなのでしょうか?



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